備忘録 2019年12月 2019年12月06日 ボケっとしてる間に12月になっています。冬。一年を振り返るみたいなのが定番だけれども、基本的に他人の人生振り返られても興味ないと思うのでしない。 でも良い年でしたよ。再録コンプリート版+新作描き下ろしみたいな年でした。昔からあるものを整えて、新しいものを精査した上で持ち物に加えて、みたいな。 私はふとした時に「あんなヤツいたね〜」と思い出される人物にはなりたくありません。急。常に頭の引き出しの主要なところに居座っていたい。でも人は皆それぞれ生きてますので新しい人に触れ、新しい道に進んでいくよね。わかるんだけど、悲しい気持ちになります。 つい最近、ほんとに割と最近まで僕は自分以外の全てはCPUであるっていう思想の持ち主だったんですけど、崩れました。みんなそれぞれ主人公な訳で。当たり前。 わたくし、いつまでも思い出を綺麗に掃除して新品同様に保っているので、ホコリが被ることがありません。良い言い方。いつまでも固執している生き方。でもそうやっている人間は、他の人からしたら一番ホコリ被ってるんだろうなぁ。今頃誰かが誰かと「あんなヤツいたね〜」と。 まあいいよ、ホコリ被ってるってことは捨てられた訳ではないから。たまに思い出して掃除してくれたらその時のままでいるよ。 そんな風にコミュニティの狭さに納得して満足げな私。良いじゃんね別に、楽しいんだし。 いきなりなんですけど、わたくしSoftBankユーザーでして、今日はサーティワンのシングルが一個貰えるというSUPER FRIDAY。あえて無視して、まだ誰かと普通に買いに来るよ。そういう心のバランスのとり方もある。 いや、やっぱ貰おうかな。心のバランスなんてあるようでないものだし。ではまた。初めて、酒を飲みながら揺れるライブに行ったんですけどとてつもなく良かったです。来年ももう楽しいライブの予定がある。こんなに幸せなことがあるか。 PR
SUNKISSED 2019年8月 2019年08月02日 札幌も夏が来ました。暑いです。でも私のブログを見る人なんか大体札幌にいるから言わないでもわかるか。 そもそも頻繁に更新してる訳でもないブログで天気やら気温やらの話してどうするのって感じはありますよね。アルアル 最近半袖で外に出れるようになりました。いや運動する機会があるからってのが何よりの理由なんですけど。でも驚きありですよ、あ、自分は半袖で普通に外出れるんだって。 でも短パンはまだ厳しいね、てどうでもいいわ。こんな話どうでもいいのよ。話を切っても、切った先にまた話があるワケではないです。何にもないよほんとに。 ご老人にバスの席を譲れなかった自分にやるせない気持ちを抱く夏の夕。斜陽がズボンの片側だけを差しあたたかい。 エアコンでは心までも冷されてるような思いがある僕は東京なんか住めないだろうな。エアコンってファストフードみたいだよね扇風機に比べたら。でもマック美味しいよね仕方ないよ結局。 斜陽が差し込むバスの席。 あ、ちらっと横見たらご老人じゃなくて中学生じゃないか。ならば譲らん、この席は。部活終わりかな?お疲れ様です。でも譲りません。先程のやるせなさは今、無に帰しました。 冬は気持ちが落ち込むなんて言いますけど、夏に心が開放的になったとて出てくる言葉は結局暗いような気がします。みんな嫌なこといっぱいあるよ、理不尽だけど。 気持ちに陰りが見えた時でも、影が見えるということはその後ろで誰かが太陽になっているからこそ。だからあなたが太陽になってなんて言わないですよ。思ってもない。夏は日陰が涼しいからしゃーない。なので私は太陽やらせていただきますよできるだけ。 そんなに辛いことないしね。俺も暗いことの方が考えやすいから辛いと感じることあるけど。よく考えたら思ってるより大体楽しいよ。僕はね。あくまで。自分の話。ではまた。最近、家のレンジとトースターが新調されました。やっぱり火力が違います。はちゃめちゃに焦げました。
目で追う。 2019年7月 2019年07月19日 バス停、大分並んでいる。それも小雨が振り寒い。バス停、並んでいる。列後方は気持ち程度の屋根からはとうにはみ出ている。で、私はそれを見てる。重めの車の音が聞こえると、皆一斉に右を向く。"いや、トラックか〜い"なんて顔で皆一斉に前に向き直す。いよいよ列後方のある人が我慢を切らす。半年に一回しか更新されない時刻表を軽く眺めに行く。戻る。もうそこにあったはずの居場所は無い。左隣(だった)人と右隣(だった)人が隣り合わせに並んでいる。また屋根から遠ざかる。 場所は地下鉄、東西線から南北線への乗り継ぎのための20mトラック。ドアの開く音がヨーイドンの合図。皆一斉に、いざ某が乗り継ぎ一番乗り…!とばかりに走り出す。エスカレーターを駆け上がる。時には軽く手も出る。ぶつかったって気にしない。だって私は急いでいるから。 人は何で移動手段の争いになるとああも醜くなるのでしょか。速さを競う姿は陸上選手そのもの。年の差・性別関係ナシ。階級無制限の毎日2本勝負(行きと帰り)。 そんなに急いで何があるのか。そんなに必死になるならもうちょい余裕持てばいいのにね。 自分は違うって思ってるでしょう。でもこの世の中、「自分は違うけど」が集まっているのだから違うこたないんだな。一人一人が大衆の中の一人。 そして私もそう。余裕持って家出るなんてなかなか無い。でも私はあの車の音で一斉に右を向き、20m階級無制限レースを駆けるようなアホみたいな人間にはなりたくない。 じゃあどうするか。バスは次のを待ち、地下鉄も待つ。たかが数分なんだ。でも家を出た時点で余裕なんてない。なので遅刻します。僕の負けです。ありがとうございました。地下鉄といえばこの前酔ったサラリーマンに思いっっっきり足を踏まれました。あっちは革靴。滅茶痛い。でも謝んないの、酔ってるから。でも、そうだよね、素直に謝るってなかなか難しい。間違って靴踏んでも見ないようにして気づかないふりしちゃうよね。許せる気持ちが大事。いや思い返したら奴とは踏んだ直後にバッチリ目合ってたなぁ。もう怒った。絶対許さんからな。地球の果てまで追ってQ。
待てと言われた犬の気持ちは。 2019年1月 2019年01月30日 私は今、人を待っています。喫茶店です。私は人を待つのがとても好きです。無論、来るとわかっている場合に限りますが。 人を待つってとんでもなく意味のない時間というか、ただその人のために時間をただ眺めているような。無駄な時間が嫌いな人は、その間に何かしたり、自身も用事を済ませたりするでしょ。喫茶店で待つってもうひたすら待ってるだけ、本来飲まなくても良いコーヒーを場所代として飲んだり。 ただ、僕は来るかもわからない誰かを待つ行為も、平均より多い回数こなしてると思います。来るかなとか、来たらいいなあと。漫画だとそれは許されるし9割方、"来ます"。 何年か前の冬、僕が高校生だった頃の話ですけど、午前だけの定期試験日でした。早く終わって部活もないので、誰かと遊ぼうかなと。校門の前で。誰も来ませんでしたけどね。一人とぼとぼ帰り道。思い出したら泣きそうになってきましたけど、これ自業自得以外の何者でもないですからね。おい、過去の私よ、そのポッケに入っているスマートフォンは何の為にある。 待つ。待つとは違うかもしれないけれど、この僕の思考回路を直接繋げたようなオール文章ブログを書くのももう三ヶ月振りとかでしょうか。 ブログってアクセス解析とか訪問回数とか見れるんですよ。僕知らなくて。最初の頃とか、一日何十人とか見てくれたり。でも人のやってることって案外すぐ忘れちゃうんですよね。いや、何ヶ月も書いてない自分が悪い。また自業自得です。誰かにこの文字列が届くのだろうか。人が見れる所で書いてる以上、「誰にも見られなくてもいいんです。」とか嘘はつきません。その話はまたいつかすると思います。 よく考えたら、僕は待つのが好きなんじゃなくて、待っている自分が好きなのかしら。自分でこの景色に見惚れているのかな。気持ち悪いですか?そうですか。自分くらい自分のこと好きにならないでどうするのだ。一番の味方なんだから。 そろそろ待人が来そうです、コーヒーとホットケーキおいしかったです。ご馳走様でした。僕の好きなカフェに札幌は大通駅地下のJUIN(ジュアン)てカフェがあります。内装外装メニューに制服と何をとっても昭和の雰囲気そのままです。あと高いです。でもそれが僕には素敵価格に見えます。地下歩行側の席が好きです。座ると歩いていく人皆が見てきます。その視線を感じながら彼らのせかせかと歩く足を見ながら談話するのがお気に入りです。このカフェにも行ってみたかったな。なくなってしまったけれど。
絡んだイヤホン。 2018年10月 2018年10月18日 "いかに効率を求めて、いかに無駄な時間を減らすか"昨今の社会的な総意としてそんな言葉がどこからも聞こえてきます。無駄をなくして、意味のあるモノ・コトだけを残していくような。いや、こうやって書いてると何にも悪いことないようにも思うんですけど、自分でもね。 でも何だか少し寂しい気がして。昭和生まれとか、バブル世代とか、戦後とかこう大まかに比べられる時代を経験している人が羨ましい。僕はどこにも被ってなけりゃ、ゆとり世代もギリ外されて2000年代生まれの称号もいただけませんでした。 あの頃は〜だとかあ〜だこ〜だと言えることもなく、先程述べたキラーフレーズを放つことすら許されぬままこう、お話をするというのは不利ですな、私も「(あの頃、人によって違う)は〜」と話してみたいものです、この話は前もしたな。 話がそれましたがね、今、この時代に名を付けるのなら〜無駄排除時代〜。私が名付け親です。 技術の進歩とともにあらゆる計算が簡単にでき、データ統計もラクラク。そうするとね、見えてくるんですよ。「あれぇ、ここの部分ムダだなぁ」って感じに。こわこわ。 【 A I 】だとか【ロボットに奪われるであろう職業】とか正に、ですよね。費用対効果、よく聞きますわ。 最近、僕のお友達も人件費削減で何年もいたバイト先で出勤日数減らされて怒っておられました。今、私のバイト先にいます、お友達と働くのはお楽しいです。 そういえば私、さっきのお友達もそうなんですけどその他にも2人紹介で入れて今、バイト知り合いばっかり、みたいな。楽しいですよ。当たり前ですけど。でも紹介しすぎて私の出勤日数減らされました、自業自得。いや、これもまさか無駄排除時代の波なのか…。アホか。 最近、AirPodsなるものが流行ってて、ほんとに道行く人すごいしてる。それじゃなくてもワイヤレスのイヤホンに変える人がたくさんです。この前、ワイヤレスに移行したお友達が「絡まらないし、タッチノイズもなくて良いよ。」と言ってました。なるほど、タッチノイズ、確かにそうだ。ケーブルも絡まない。なるほどね。 でも僕はあの、絡まったイヤホンをほどいてる時間が好きなのかもしれない。何の意味もなさない、あの時間が。タッチノイズとかバリバリあるしね、がさがさよ、がさがさ。 あとバスとか地下鉄が混んでて、次に乗るために座ってる時間とかも。忙しなさそうにスマホいじってる人たちを見てる時間。どうせ次も混むのにね。わかってます。 でも無駄がなくなればなくなるほど息苦しくなってくような気がして。そんなに、無駄なことばっかりなのかね。データだけじゃ見えてこないものもあるのかもしれないのに。まあ、データはある一定の信頼度を誇る指標だから仕事とかにはどんどん使われるべきだとは思いますけど。いや、私はぶれるな信念が。 そんな無駄ばかり探さなくてもいいのにね、いつか、あなたも無駄だよって言われてしまう気がして。ではまた。無駄っていう言葉は余裕って変換したらある程度許される気もしますよね。そんなことないですかね?余裕がある人に見られるようにはしてますけど、どう見られてるのか。もしかしたらただアホっぽい人に見えてるかもしれないと思うと面白いですね。面白けりゃ良いや。